ちゃんと大前研一氏批判に取り組んでみる

放っておくと自分がいらいらするので、ちょっと本気でやってみます。

本を買うのは嫌なので、ネットの記事を対象に。

 

お題はこちら。

アベノミクスで“景気が浮揚しない”本当の理由 大前研一の日本のカラクリ

 

 まず見出しで「アベノミクスは景気浮揚に失敗している」と決めつけています。この「景気浮揚」という言い回しがいやらしい。アベノミクスで成功した部分もあるわけですよ。株価は上がりましたし、雇用も回復していますから、「失敗」と決めつけるのはフェアではありません。でも、決めつけないと見出しとしてパワーがない。そこで「景気浮揚に失敗している」と。

こういうレトリックに騙されてはいけないと思います。

 

続いて冒頭。歳出総額が増えたことを言っています。で、「財政健全化という課題はまったく置き去りにされている。」と決めつけています。ですが、注意して読むと、ここまで彼は歳出の話だけしています。歳入について言わないとおかしいですよね。

参考

 

反論に備えてか、

歳入を見れば16年度の税収は57.6兆円と見込まれている。1991年以来、25年ぶりの高水準だそうだが、97兆円の予算を組むにはとても足りない。

なんて言っています。

が、ここ、注意です。ちゃんと、ここ数年は、毎年増えてるんですからね、税収。それに、25年ぶりの高水準って、アベノミクス大成功じゃないですか!財政健全化に向かって、いい動きじゃないですか!

でもそこに触れて、うっかり「アベノミクスは成功している部分がある」なんて言うと、ご自身の主張のわかりやすさと破壊力が減るので触れませんよ大前先生は。見事なスルーです。

 

そしてお馴染みの「国民一人あたりの借金」論が続いて出てきます。

1300兆円の国家債務というのは、生まれたばかりの赤ん坊を含めて国民1人あたり1300万円の借金があるということ。戦争でも起こして他所の国に借金を押し付けでもしない限り、まともには返せる額ではない。

バカじゃないでしょうか。おっと失礼。

国債は、国が借りているのであって、国民は貸してる側です。まあ、国民の、国民による政府であると考えれば、確かに責任持って借り手に借金を返すべき、とも言えましょう。ですけど、返す相手のほとんどは、同じ国民ですからね。国民が、国を通じて借金を誰かに返すと、一部はその人に戻ってくるわけです。でもって経済活動に使ってもらったら、国の税収になります。戦争必要ないですね。

だいいち、1300兆円がいかに巨額だといえ、「来年、国債の借金を全額返せ」と言われるわけじゃありません。5年債とか10年債とか、長期で借りてるわけですから。毎年ちょっとずつです。戦争をやっていきなりチャラにする必要なんかありません。

それに、もし今年の返済分を返せなかったら、また5年、10年の長期債で借りて、その借りたお金で返済すればいいんです。日本は、どんな民間企業より信用がありますから、長期で借りられますよ。なんといっても国は通貨発行権と租税徴収権を持ってますからね。日本は世界第3位の巨大経済圏で、1億人からの人間が経済活動をしていて、通貨が安定していて、税金をちゃんと集める仕組みがあります。こんな国を「信用できない」と言うのは相当無理があります。繰り返しますけど、戦争なんか起こさなくったってちゃんと(借りてでも)返していけます。

何が証拠って、これまでだってそうやってやりくりしてきたんですから。大前先生は、自身の主張に説得力を出すためには、いますぐか、近々にそれが出来なくなる理由を挙げなければいけません。

 

次の段落では、上手に印象操作が行われます。

銀行も郵貯も生保も損保も年金機構も、すべて国債の買い取り機関であり、国民が預けた個人金融資産は裏で国債のファイナンス、つまり国の無駄遣いに使われているのだ。

この文章、前半部分は、「銀行など金融機関が国債を買っていて、国に融資している」という主張です。国民が金融機関に預けたお金は、結局国に貸し出されている、と。これは事実でしょう。

でもって、末尾に、「国はそうやってファイナンスしたお金を無駄遣いしている」という主張を付け足しています。この部分。何が無駄か、何が無駄でないか。これは判断が必要な事柄です。

このように、分けてみると分かりますが、大前先生はここで「国は国債を発行して借金している」という事実の確認と、「国は無駄遣いしている」という主張を混ぜ合わせて、読者の判断を誘導しています。

そもそも、冒頭で、歳出が増えた理由として

「1億総活躍社会」や「地方創生」の実現に向けて、子育て世代や高齢者、地方に配慮した歳出項目が並ぶ。中国の海洋進出に対抗するために防衛費が初めて5兆円を突破した。

と述べていますが、これらの支出が妥当かどうかの価値判断を示さないで置いて、後から急に「無駄遣い」と決めつけているわけですね。実にいやらしい・・・あざやかな手口だと思います。

 

さらに、日銀の話に続きますが、これまた読者の意見を誘導する書き方で書かれています。

これまでに日銀が買い取った国債の総額は400兆円で、日本のGDPの80%に近づいている。万が一日本国債が暴落したときには、国債を大量に抱え込んだ日銀そのものが爆死して、中央銀行としての機能が果たせなくなる。危険な水域に入っているのだ。

なんで日銀の経営の健全性を検討するのに、日本のGDPが比較対象になってるんでしょう?普通に考えると意味不明です。この人、本当に経営コンサルタントだったんでしょうか。

日銀の国債という資産の額が妥当なのかどうかは、日銀の負債や自己資本との比較、あるいは資産全体の中での構成で検討するべきです。大前氏の比較は、トヨタの経営の健全性を検討するのに、トヨタの在庫の額(資産の額。ストックの額)と、自動車産業全体の、1年の売り上げ金額(フローの額)を比較するようなもので、意味が無いです。

 

それにしても、いつもながら思うのは、国債残高1300兆円のうち、日銀が400億円を持ち、金融機関も合わせると8割がたが「暴落を望まない」人たちが持っているのに、誰がどうやって暴落を起こせるのか、という疑問です。

あるとき、日銀を含む国債を持っている人みんなが「国債は返済されるか信用ならないから、1300兆円分の国債を全部売って、トヨタとか儲かりそうな株や、他国の国債を買おう!1300兆円分!」ってなるんでしょうか?そんなことをすれば国債価格が下がって売却損になるし、株を買おうにも高騰してしまって、見込める利益は減ってしまいます。

私には「日銀と日本の金融機関が大量保有する日本国債が暴落する」というのが、どんなメカニズムで起きるのかが分かりません。誰か説明してほしいです。

 

参考:日本の国債の保有者内訳

www.garbagenews.net

 

続いては、最近の大前先生のお気に入りの言い回し、「100年前のケインズ経済学」の登場です。

市場のマネタリーベースを潤沢にしても資金の借り手はなく、景気は刺激されないということだ。繰り返し説明しているように、カネをバラ撒けば市場流動性が高まって消費や設備投資に回されて景気がどんどん良くなるというのは100年前のケインズ経済学の話

まず、大前先生は、ケインズの経済政策を間違って理解していますよね。そうでなければ、あえて誤用しています。

ケインズの経済政策といえば、まずは政府の財政支出による有効需要の創出です。大前先生が指摘する「マネタリーベースを潤沢にしても」云々、の箇所は、むしろケインズ学派は「流動性の罠」と名付けていて、その対策として財政出動が有効だ、としているわけです。

つまり、大前先生は、「金融政策で、金融機関にお金をまわす」のと、「財政出動で民間に仕事とお金をまわす」という二つの政策を混同しておいて、その上で「100年前のケインズ経済学」などと決めつけ、批判しているわけです。なんだかなあ・・・。

 

最後のページは、大前先生の政策提言です。簡単に言ってしまえば、消費を喚起しましょうという話ですね。

これ、Y=C+I+G+(I-X)という国民所得の式の、「Cを増やそう」という話で、「Gを増やして、乗数効果を利かせてYを増やそう」というケインズ的政策と大きく違うもんじゃありません。大前先生の批判してやまない、100年前の経済学ですね。

大前先生の提言する政策は、もっとストレートに言えば、お金持ちの老人からお金をぶん取ろうぜ!という話で、書き方によってはかなり意地汚くなるところです。が、大前先生の主張の強さのおかげか、いっそ清清しい話にみえます。でも「老人に金を使わせろ!」ですからね、言ってることは。老人の不安は「国が面倒見ろ」ですから。国が面倒見るために、社会保障費が高くなってる、歳出の負担になってるって話は、大前先生の頭の中ではどっかにいっちゃってるようです。

この政策提言を見て、私は「大前先生は細かい勉強が嫌いなんだろうな」と思いました。というのは、既に政府はそういう政策をやってる、ってことを知らないからなんです。

しかも、その政策は、「老人の資産から税金を巻き上げる」「税金払うくらいなら消費する、となるだろう」という大前氏の直接的なやり方ではなく、「老人が若い世代に贈与する場合には、贈与税の税率を軽減する」という、もっと穏当なやり方です。子や孫に贈与すると、得になる。子や孫が家を建てたり教育に使ったりすれば、投資・消費に回るので、全体としての景気もよくなる。

そういう取り組みをやってるんです、既に。どっちがまともな政策でしょうか?私には大前先生の提案より、今の政府の政策の方が妥当だと思います。

 

ということで、一通り書いてみました。

 

短くまとめると、大前先生は、経済学の基本的な理解が怪しいです。財務の評価も怪しい。もしかしたら正しく理解しているのかもしれませんが、自身の主張を強化するために、レトリックを駆使して、事実の正誤と、価値判断を混在させ、読者の結論を誘導する文章を書いています。また、政府が取り組んでいる詳細な政策について、どうもきちんと勉強しておられないので、政策提言は現実味に乏しくなっています。

 

ああ、すっきりした。これだけのことが納得できたので、私は安心して大前氏の経済・財政の記事をスルーできます。

 

以上、乱文失礼いたしました。