日報とか週報とか

日報とか週報とか、「管理する側」としては書かせてみたい文書なんだろうけど、継続可能な仕組みになってないととうてい続かないよね。管理のためのオーバーヘッドが高まりすぎて、実際の業務がまわらなくなったりとかいうのを繰り返し経験させられると、いい加減みんな気付いてくれよと思ってしまう。
上に報告する、って作業は、心理的にイヤなものな上、めんどくさい仕組みになってたりとか、かっこわるいやり方しか出来なかったりとか、うんざりする。
「日報とか週報とか、簡単にさくさく書く・書けるような仕組みにする」「日報・週報を書くと、(心理的な)報酬を受け取った感が味わえる」なんて工夫を、上の方たちはちょっとはして欲しいものであります。