知識を扱う産業では

知識を扱う産業では、高給を取ることが当人の知的優越を示す、かのような誤解が発生するらしい。たとえ知識を扱っていても、結局収益こそが企業の評価の第一の軸なんだけどもね。
悲惨なのは、何かの拍子に(たとえば、組織的な惰性などで)収益を挙げる能力と給与とが乖離してしまって、「なぜか良く分からないけど高給取り」という人が発生した場合だね。怨嗟の声が社内に満ち溢れてしまい、上司と部下とが信頼関係を築けない。健全な緊張感が持てない。
もちろん、そんな歪んだ状況は長く続くはずは無いので、いずれ給与は下げられる。あまりに給与が高すぎたら、解雇される。
で、これだけでも悲惨なのに、先に挙げた「高給=知的優越」という誤った等式が、さらに状況を悲惨にするみたい(みたい、というのは、今まさにそれを目撃してるから、なんだけど)。「俺は優秀だ」「俺は賢い」と強く思っていた人たちが、すっぱりと解雇される。または、「解雇されるかも」という不安にさいなまれる。彼らはどうしていいか分からない。もともと大して賢くない上に、稼ぐ力も無いものだから、転職だってままならない。社内にはびこる怪しい噂に右往左往し、たまに聞こえる希望的な噂に目を輝かせながら、肩を落としてウロウロしてる。